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<<   作成日時 : 2008/08/16 22:59   >>

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花火大会と指定席


今日は近所の河川敷で花火大会があり、先ほど終わった。
時間は1時間ぐらいで、ニコニコマークやハート、蝶などの
花火もあった。枝垂れ柳のような花火もあったし、奇麗だった。
今年も例年通り、べランダで椅子に座り鑑賞した。
もっと空が暗かったら、花火の色がもっと鮮やかに見えたのにと
それが残念に思えた。



向いの共同住宅の通路や階段の躍り場で、親子や子供たちが
並んで花火を見ていた。
ニコニコマークやハート、蝶が現れると「わぁ、きれい。ハートだぁ」
「にこちゃんだ」と女の子の声が弾む。
「花火、キレイだね、お父さん」
幼稚園児らしい女の子の声が聞こえた。
声のしたほうを見ると、可愛い女の子と両親の姿が見えた。
家族揃って花火に興じている様子が微笑ましい。
隣家の子供の声は聞こえないから、留守なんだろう。
毎年母子の掛け合いが、密かな楽しみだったんだけどね。




去年の花火は飼い猫かんちゃんが元気だったので、ベランダにいる私と
網戸を隔てて、外の様子を窺っている猫という図式だったな・・・・
ついこの間そんな風に花火を見て、正月を迎えたばかりだったのに、春の訪れを
待たずに猫は天国へ行ってしまった。
なんと1年の過ぎていくのが速い事か・・・・
暦の上では「立秋」も過ぎたのに、毎日のこの暑さは納まりそうもない。
子供達にとっては夏休みが残り半分になってしまった。
町内会の盆踊りも終わり、そろそろ夏休みの宿題が気になる頃かな。



8月16日付の朝日新聞:生活欄「落合恵子 積極的その日暮らし」
を読んだ。



8月の指定席

夏休みのさなか、主宰する子どもの本の専門店は、尖った肩と
小さな盆の窪の持ち主であふれている。
思い思いの本を座り読み用のテーブルまで持ってきて、椅子によじ登る
といった年代の子もいる。ひとつの席を自分の「指定席」と決めているらしい
子もいて、先客がいると、「あれっ?」、泣きべそをかく子も。
彼は今日、自分のものとみんなのものとの違いを、戸惑いながらも
学ぶに違いない。そしてそれは、気に入った1冊の本との出会いと
同じくらい、時にはそれ以上に大事なことだろう。
この季節は特に人の出入りが多く、周囲の空気をざわつかせているにも
かかわらず、好きな本に熱中する子の尖った肩と盆の窪には、不思議な
静謐がとまっている。熱中が生む出す静謐もある。
指定席を失って戸惑ってい子も他の椅子に座り、いまは静謐の中にいる。
遠い昔、わたしにもそんな子ども時代があった。東京、東中野の駅に近くに
あった小さなアパート。その2階から原っぱに向って伸びた、むきだしの
コンクリートの階段。上から数段目が、わたしの夕暮れ時だけの、仮の
指定席だった。原っぱが戦争が遺していった焼け跡だと知ったのは
ずっと後のことだった。
その指定席で、母が会社から戻るのを待ちながら、子どもは、本の中の
ひとや動物を心の住人として迎え入れることを覚えていった。
額からページに落ちる汗を拭いながら。
夕暮れ時の指定席の脇を、夕暮れから始まる職場に急ぐお姉さんたちが
通っていく。ふかしたサツマイモを、アパートで唯ひとりの子どもだった
わたしの手にそっと握らせてくれるお姉さんもいた。
彼女たちの多くが、戦争で家族を失ったことを知ったのも、大人になってからだ。
いま座り読み用のテーブルを尖った肩と小さな盆の窪の持ち主たちに、
いつか彼女たちのことも伝えたい。
63回目の終戦記念日の後に、思う。         (落合恵子 作家)  




自分だけの指定席・・・・という言葉に反応してしまう。
子どもの頃から本が大好きで、小遣いを貯めては本を買い、
全部読んでしまうと、また次の本が欲しくて仕方なくなる。
そうして1冊1冊と増えて行く事が嬉しかった。
その内自分で買ったり、親に買ってもらうだけでは足りなくて
学級文庫で借りたり、児童図書館に本を借りに行くようにもなった。
そこでは自分で決めている、私だけの”指定席”があった。
その場所に腰を下ろすと、心は本の中に飛んで行った。 
本の中の世界に入り込み、本を読み終わった後も、心の中の
物語は続いてゆく。



本を読むことは想像力を一杯働かせてゆくこと、あの頃の私は
知らない事を知る喜びと、文字の1つ1つから限りなく広がってゆく
想像の世界を好きなときに訪れる楽しさを堪能していた。
空想好きな少女は、誰にも知られず悪党やヒーローになって、本の世界を
飛びまわっていたのだ。
「ごはんよ〜」
いつもその言葉で現実の世界に引き戻されるまでは。



落合さんが母親の帰宅を階段の指定席で待つ間、本を読んでいたと
いう情景は、私の眼にもシルエットが浮かんでくるようだ。
戦争で家族を失ったお姉さんたちが、夜の勤めにいくのと入れ違いに
会社勤めから戻ってくる母親を待つ小学生の少女。
その少女を不憫がって、ふかしたサツマイモをそっと手に握らせてくれるお姉さん。 
互いに労わり合って暮らしている様子がうかがえて、誰も皆生きる事が
大変な時代だったんだろうなあと思う。


最近の日本で、想像力の欠如が指摘されてるが、子供の頃に
沢山本を読むことが少なくなっているからなんだろうか。
TVゲームやインターネット、いちいち本を読んで知識を得なくても
知りたいことや情報は簡単に手に入る。
人を殴れば相手も痛いが、殴った本人も手が痛いという事も、
肉体的な事だけじゃなく、加害者としての心の痛み、被害者の痛みと
恐怖、屈辱・・・実際に経験しなければわからない。
バーチャル世界ではリセットすれば、何事もなく復活できる。
本を読んで、自分であれこれ考えて想像することは、楽しくて面白いよ・・・
そう小さな人たちに言ってあげたい。
いつかそれは、自分を作る基にもなってゆく。
ずっと先かもしれないけど、本で読んだ言葉がきらきらと輝いて
心の中に再び現れることだってあるよ。
わからなかったことが、突然理解できてしまうことも。




お盆休みに花火とこどもたちの姿を見ていたら、落合さんの少女時代が
どこか重なった。ずっと子どもたちが笑っていられる社会、国であれば
いいなあと心から思う。

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